2013年06月03日

「THE 世界遺産」の奏で 【小松亮太】


小松亮太は1973年東京生まれのバンドネオン奏者。

父親はギタリストで作曲・編曲家の小松勝、母親はピアニストの小松真知子。

両親はタンゴクリスタルという楽団を結成している。

14歳よりバンドネオンを始めたが、満足な教則本もなく先生もいない。

本場の演奏家のビデオを見ながら独習した。



15歳で初舞台。

1997年ソニーでデビュー、翌年初めてCDをリリース。

TVで取り上げられるようになって急に有名になった。

次の作品は葉加瀬太郎との共演作。



1999年カーネギーホールで演奏、全米デビューを果たす。

在りし日の羽田健太郎との共演。



2003年には本場のブエノスアイレスでライブを行い、アルゼンチン演奏家協会、アルゼンチン音楽家組合、ブエノスアイレス市音楽文化管理局などから表彰を受ける。

川井郁子との共演作。



両親のバンドでも演奏したが、自身のバンドを編成。

そのメンバーのヴァイオリン奏者の近藤久美子と結婚。

3人の子供を授かる。



2009年には初の書き下ろし本『小松亮太とタンゴへ行こう』を出版。

数々の楽曲提供も行ってきたが、中でも珠玉の名作といえばこの曲ではないだろうか。




公式サイト
http://www.ryotakomatsu.com/








posted by swing at 15:34| Comment(0) | タンゴ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月13日

タンゴの神様、空港で炎上 【Carlos Gardel】


カルロス・ガルデルは私生児。

出生地は諸説あるが、1890年フランス生まれという説が一般的なようなのでそれに従っておく。

2歳のときに母とアルゼンチンに移住。

小学校を卒業し、母親を助けるためにボール紙工場の工員、時計屋の見習、印刷工場の植字工、劇場の裏方作業などをした。

酒場で歌うようになり、1911年プロデビュー。



1917年無声映画に出演。

以後10本の映画に出演した。

次の作品は彼の代表作の一つ。



1913年ホセ・ラサーノとデュオを組むが、1925年解散したが、その後度々共演。

1933年NYに進出、海外各地で活躍。

1935年6月24日南米ツアー中、ガルデル一行はメデジンの空港で機上の人となった。



200m程滑走後、進路が右に逸れ、待機中の飛行機に衝突、炎上した

巻き添えの飛行機は全員死亡。

ガルデルの搭乗機のうち生存者は3名。

その中の一人、ギタリストのホセ・マリア・アギラールは機外脱出し無事だったが、その後襲った2度目の不幸自動車事故で亡くなっておられる。

そしてガルデル本人は焼死。(享年44歳)

最後の曲は、彼の書いた名曲の一つ「ボルベール(帰郷)」、彼が事故に遭う直前に撮影していた映画「想いの届く日」の挿入歌です。

曲名のように、ツアーをあと少しで終え、故郷アルゼンチンへと戻る道中の事故だった。



posted by swing at 15:56| Comment(0) | タンゴ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月03日

失恋を乗り越え 【冴木 杏奈】


1963年北海道旭川で生まれ、私立旭川藤女子高等学校。

ホセ・コランジェロ楽団のショ−を生で見て、バンドネオンの響きに魅了。

18歳の頃より、タンゴを歌っていた。



1984年にはミス札幌に選ばれ、菅原洋一と同じ小澤音楽事務所に所属。



「11PM」のアシスタントを務める一方、タンゴ歌手としてデビュー。

アルゼンチンでレコ−ディング。

俳優香川照之と婚約し、事務所を退社。



しかし、彼は他の女性と結婚し、傷心の彼女はその翌々年NYで海外初ライブを皮切りにアメリカ・ヨーロッパ・アジアの各地で活躍。



News Week日本版「世界が尊敬する日本人100人」にも選ばれた。

2010年にはアルゼンチン建国200周年の催しに招かれ、ブエノスアイレス市文化センター「黄金の間」で
日本人初のコンサートを行った。




公式サイト
http://www.annasaeki.com/


posted by swing at 19:28| Comment(0) | タンゴ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする