2016年02月08日

日本語を勉強中! 【Che'Nelle】


シェネルの父は中国系マレーシア人、母はインドとオランダの二世で1983年マレーシアで生まれた。

10歳からオーストラリアに移住。

高校を卒業したころから、ミュージシャンを志すようになった。

2005年SNSのMySpaceに公開していたデモを見いだされ、キャピトル・レコーズと契約を交わした。

2007年に次の曲でCDデビューを果たす。



彼女の実家はカラオケ店を営んでおり、父の得意曲は谷村新司の「昴」。

そして父との会話の中で、日本の歌を歌ってはどうかという話が浮かび上がった。

2011年に彼女自身としては初のカバーアルバム『ラブ・ソングス』を日本でのみ発売。



日本料理の中では刺身やグリル料理、野菜料理、穴子、ラーメン、たこ焼きが好きとのことで、日本語で歌ってはいるが、日本語での日常会話となると通じる域まで達していない。



2015年ファンタジー・オン・アイスで、羽生結弦と共演。



4年間の交際を経て、アメリカ人のバックダンサーと2013年に結婚。

松下奈緒主演のTVドラマ『ディア・シスター』では、エンディング・ソングを彼女が歌っている。




公式サイト
http://www.chenelleworld.com/


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2016年01月13日

シェイクスピア・ジャズ 【Cleo Laine】


クレオ・レーンは1927年にジャマイカ人の父とイギリス人の母との間にロンドン郊外で生まれた。

彼女が歌手になることを母親は望んだ。

そして若い頃から歌とダンスの教室に通い、14歳で学校を中退。

その後、美容師の見習いや司書・質屋の店員などで働いていた。

18歳の時に結婚、だが間もなく離婚。



24歳の時、ジョニー・ダンクワースが率いるバンドのオーディションを受け、見事合格。

バンドで共演し、人気を博した。

1958年にジョニー・ダンクワースと結婚。

1963年の映画『召使』では夫が音楽を担当し、彼女の歌が流れた。



夫はサックス奏者だったが、将来ベーシストとなるアレックが1963年に誕生、そして3年後には母と同じくジャズシンガーとなるジャッキーを出産。

また舞台女優としても活躍の場を広めていった。

シェークスピアの戯曲の台詞をジャズにした『シェイクスピア・ジャズ』というアルバムリリースし話題となった。

1976年には初来日。

日本の歌曲もレパートリーとなっていった。

1979年にはエリザベス女王から大英帝国勲章を受けた。

ガーシュインのジャズ・オペラ『ポーギーとベス』をレイ・チャールズと共演。



グラミー賞ジャズ,クラシック両部門にノミネート。

2010年闘病生活を送っていた夫が死亡。



彼女は現在も現役で歌っており、日本でも公演を行っている。

最後に、ベトナム戦争を扱った映画『ディア・ハンター』のテーマ曲を是非お聴きください。








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2014年08月04日

人知れず夭逝したジャズ歌手 【安田南】


安田南は1943年札幌で生まれた。

中学の時、東京の学校に編入し、一人で演劇部を立ち上げた。

高校を卒業後、TV番組のジャズボーカル部門で優勝、景品の世界一周旅行を勝ち取った。

第3回全日本フォークジャンボリーに出演。

日野 皓正クィンテットの後を受け、メイン・ステージに立ったが心ない暴徒に占拠されトマトを投げつけられ中止。



問題を起こしたのはベ平連系の若者を中心とした集団と思われるが、サブ・ステージで歌っていた吉田拓郎が観客を煽りサブからメイン・ステージに雪崩れ込む観客もいて、この舞台を最後にジャンボリーは開催されなくなった。



彼女は缶入りピースを100本吸うチェーン・スモーカー。

作詞・作曲の『プカプカ』は彼女がモデル。

彼は妻の三回忌前日に首吊り自殺。

この作品に彼女のアルバム『Some Feeling』のジャケットが使われているが、撮影者は当時恋人だった中平 卓馬。



歌手活動以外に俳優座出身の彼女は自由劇場・黒テントを中心とした舞台に出演。

1971・1972年といえば連合赤軍の活動が盛んな時代。

映画『天使の恍惚』で、クラブ歌手であり過激な革命戦士という役柄が決まりクランクインしたが3日目に遁走。

横山リエが代役を務めたが、若松孝二監督を怒らせてしまった。

主演桃井かおり・原田芳雄の映画『赤い鳥逃げた?』では、本人出演はないが歌を担当。



原田芳雄は俳優座時代1期先輩で、彼が歌う『プカプカ』は非常に味わい深い。

エッセイの執筆をしたり、ラジオのDJもやっていたが、1990年代に引退。

死因や死亡時期は不明だが、2009年に亡くなられているとのこと。


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